蔵元便り 柚野の里から

2008年01月

昔新聞

「お母さん、授業で昔新聞っていうのを作るんだけど、今は使われなくなった昔の道具って何かある?」とちょっと遅くなってばたばたと台所に向かう途中に、娘に捕まった。台所で手を洗いながら、「鰹節削り器、ってわかる?」と聞いてみると、案の定「何、それ。」との答え。

娘はパックに入ったもう削られている鰹節しか知らない。「お母さんが子供の時は、ご飯の支度が始まると、必ずおばあちゃんから鰹節削って、って頼まれて、削ったんだよ。」と、昔の記憶を辿りながら鰹節削り器の話を伝えたら、一応取材を終えて満足したのか娘は、「わかった、ありがと。」といって、割にあっさりと部屋に戻っていった。
ところで、日本酒、味噌、醤油、酢、漬け物に納豆、発酵食品の代表選手だが、鰹節もその仲間。目に見えぬ微生物の作用によって、タンパク質を分解してアミノ酸を作り出し、成熟によって旨味とコクを織りなしていくこれらの食品は、本当に滋味深いスローフードの代表選手であり、先人の知恵の宝庫だ。
あいにく、家族全員に取材を重ねた娘の昔新聞に鰹節削り器が登場することはなかったが、昔の台所の情景が、ひどく懐かしかった。
そんな時、二十年来の新酒・しぼりたて原酒が出るといらっしゃるお客様が、「久しぶり!」と、うれしそうにしぼりたての瓶を手にとって、しばらくじっと眺めていた。「去年は腸捻転で入院しててさあ、飲めなかったんだよ、この酒が。」と、
色々この一年間の思い出をお話くださった。

その話を伺いながら、酒は飲んでいただくひとりひとりの思いにより深まって記憶に刻まれるモノなのだなあと、 肝に銘じた。 富士錦の酒であって、飲んでいただくひとりひとりの酒である、蔵元として、 自負を持って、上質の酒造りを醸し続けなければならない、そんな思いも強くした年の暮れです。
富士錦の今年の新酒は、皆様に笑顔をお届け出来たでしょうか?
今年も、この蔵元便りをご愛読いただきまして、ありがとうございました。 来年もどうぞ宜しくお願いします。どうぞ良いお年をお迎えください。