対談

対談~富士山文化の伝道師と~海外に発信することで己を知り、誇りを育む
一般社団法人エコロジック 新谷雅徳、富士錦酒造株式会社 清信一

日本におけるエコツーリズムの先駆者であり、現在は一般社団法人「エコロジック」を設立して、富士山文化を海外の人たちに伝える体験ツアーを企画している新谷雅徳さん。富士山に対する海外の注目度が増している中で、自分たちが為すべきことは何なのか、志を共有する2人が信念を語り合った。

清:
私たち生産者の実感としても、日本酒が海外の方にもかなり理解され始めているという感触がありますが、多くの国で現地の方々と密に接している新谷さんから見て、そのあたりの印象はいかがですか?

新谷:
僕は先日アフリカのガボンにゴリラのエコツーリズム開発で行ってきたんですが、 そこでフランス人に『ジャポン(日本)』と言ったら『サケ!』と言ってきたんですよ。
テレビで特集されたりして、他の国でも『サケはないの?』と言われることがあって『酒』が世界共通の言葉になってきたと感じます。

清:
うれしいですね。
新谷さんご自身は、今も海外での仕事が多いようですが、 地元でのツアー開発にも力を入れ始めていますね。
その狙いはどんなところですか?

新谷:
僕は世界のいろいろな地域を見てきて、だからこそ今自分が住んでいる富士山周辺の素晴らしさも実感しています。
だから、日本に来た外国の方に、富士山を見るだけでなく、人々の生活を通して富士山の価値とか日本人の自然観を伝えたいなというところですね。

清:
新谷さんだからこそわかること、伝えられることは多いでしょうね。

新谷:
だと良いですね(笑)
僕らが企画しているツアーは3つあって、ひとつは浅間大社周辺の商店街を着物で散策しながら、 お参り、富士宮やきそば、和菓子作り、茶道体験などで富士山の周辺文化を知ってもらうもの。

2つめは、宝永火口に向かいながら神社にお参りしたり、富士山の水を使ったデザートを食べたりします。
そしていちばん評判が良いのが、白糸の滝から自転車で柚野まで降りてきて、途中で蕎麦打ち体験や川遊びをしたり、僕の家(柚野の里内)の庭で富士山を見ながらかき氷を食べたりして、最後に富士錦酒造に行って蔵見学や試飲をするというツアーです。

富士山のお腹から水が出てきていることを伝えるには白糸の滝がいちばんわかりやすいですし、良い水があって、米や野菜ができて、お酒ができて、人の暮らしがあるということを五感すべてで体感できるんですよ。

清:
全部ひとつのストーリーになってますね。
うちがあそこに蔵を作ったのも、やはり良い水が出るからだったと聞いています。

新谷:
僕がやっているツアーに共通するのは、人と水なんです。
だから、僕らガイドが解説するんじゃなくて、必ずそこで働いている人たちに話してもらいます。

そうすることで、この人たちが造っているから、富士山の水があるから、 こんなに美味しい食べ物やお酒ができるんだと理解してもらえるんですよ。

清:
そのツアーは興味あります(笑)
うちの玄関には大きな杉玉が吊るしてあって、海外の方に『これは何?』とよく聞かれるので、新酒ができたことを知らせる役目と同時に、魔物が蔵に入らないための魔除けでもあるという話をすると、すごく興味を持ってくれます。

皆さんすごく文化的な側面に関心があって、逆に私自身も気づかされることが多いです。

新谷:
自分で体験して、人とつながって、ストーリーを知るからこそ、価値が理解できる。
だから、お酒もより美味しく感じるし、仲間にも話したいし飲んでほしいから買って帰る。
その体験を一生忘れないから、また戻ってきたいと思ってもらえる。
それが、観光のあるべき姿なのかなと僕は思っています。

清:
たしかにそれが理想ですね。
12月に富士山世界遺産センターがオープンしますし、富士山を訪れる外国の方は年々増えていますし、タイミング的にも富士山文化をもっと世界に示す好機ですね。

新谷:
そうです。
それは同時に日本人が富士山の価値を見直すチャンスでもあると思います。

クールジャパンとか言って外国人が自転車で日本の田舎を走っている映像を見たりすると、「私も行ってみたい」と思う日本人が増えます。

海外で評価されると、それまで離れていた日本人も戻ってくるという例は多いですね。

清:
なるほど。
そうすると、外国人に地元の魅力をわかりやすく伝えるためには、まず自分たちがその良さを十分理解していないといけないですね。

私自身も、お客様に富士錦の酒造りを伝えるために自分もいろいろ学んでいく中で、本当にやりがいのある、価値ある仕事だなと実感することが良くあります。
そういう意味では発信する側にとってもプラスになりますよね。

新谷:
そう思います。
僕らがエコツーリズムの理念として謳っているのは 『観光を通じて、地域の人たちがその地の自然、文化遺産を守る手助けとなる』、『観光を通じて、地域の人たちが経済的な恩恵を得られる』、『地域の人たちが、訪れた人にその地の自然、文化、生活様式を 紹介することで、お互いに学び、尊敬しあえる』の3つですが、清さんの酒造りの姿勢と一致する部分が多そうですね。

清:
そこまで深く考えてないですよ(笑)
でも『お互いに学び、尊敬しあえる』ことや、海外の方に喜んでもらえることで、我々も自分たちの住んでいる地域や仕事に誇りを持つことができますね。

新谷:
そう、それ大事です。
僕のできることは本当に小さいんですけど、小さい中でもブレずに良いと思うことをちゃんとしたいんです。

来てくれた人がお金以上のものを地域に残してくれて、彼らもそれ以上のものを受け取ってもらう。
それを少規模でも続けていければ、やる価値はあると思っています。

清:
その考え方は、私たちもまったく同じです。
富士山の恵みに感謝しながら、ブレずに皆様に喜んでいただける良いお酒を造り続けていく。
自分たちに誇りを持てるような仕事を心がけたいですね。

新谷:
まったく同感です。

清:
そう言ってもらえると、とても心強いです。
今日は本当にありがとうございました。

プロフィール
(社)エコロジック代表理事 新谷 雅徳 - しんたに まさのり –
1968年、兵庫県出身生まれ。家族全員ボーイスカウトという家庭で育ち、静岡大学工学部を卒業後、フロリダ工科大学環境科学科にて修士を取得。その後、エコツーリズムとの出会いから自らの道を定め、国内外で20年以上環境教育指導を続けてきた。アジアにおけるエコツーリズムの第一人者で、現在は富士錦の里である柚野に自宅を構え、海外での仕事も続けながら、富士宮市内で外国人の受け入れ店の「縁や」を運営し富士山文化を外国人に伝えるエコツアーを精力的に企画している。国際エコツーリズムコンサルタント、日本エコツーリズム協会理事、静岡県立大学非常勤講師など多くの顔を持つ。