蔵元便り 柚野の里から

2002年09月

酒の神秘

 台風一過の朝、空気はひんやりと澄み、真っ青な空が少し高くなっていました。
目の前に広がる緑の海原は、黄色味を帯びつつある稲穂が垂れはじめて、夏のなごり風に吹かれています。
今朝の富士山は、山頂から裾野まで、真っ黒な岩肌を一点の曇りも無く見せ、その姿はやはり振り返るほどの美しさを持っていました。
今年の夏も暑かった・・・本当に暑かったですね。
四季のはっきりした日本では、やはり、酒つくりに適した季節とそうでない季節とがあります。
暑い夏が私たちにとってつらい季節であるのと同じように、日本酒にとって、雑菌の多い夏は最も過ごしづらい季節なのです。
しっかりと見守ってやらないと、熟成が進みすぎたり、老ねて(ひねて)しまったり。
しかし、上手に寝かせた日本酒は、秋には時間の蓄積分の熟度が加わった「熟成酒」と呼ばれる独特の丸みを帯びた冴え冴えとした深みのある味の酒になります。
「酒は生きもの」と言われますが、この暑い夏を快適に過ごしたかどうかが、この秋口の味わいにはっきりと現れるのです。
私たち造り酒屋には、昔から9月のはじめにかけて「呑きり」という重要な行事があります。
夏場、冷蔵倉内で封印されていたタンクの呑みを切り、その品質をきき酒し確かめるのです。
この日はどんなに倉内の温度管理に気を配って暑い夏を過ごしてきたとしても、やはり、緊張の一日となります。

酒には神秘が宿っているからです・・・
今年は9月6日です。
秋に米を収穫し、寒い冬に酒を醸し、春に出来上がる。
暑い夏は米を育て酒を熟成させる。
大いなる自然の営みと、ほんのちょっとの人間の知恵。今年もとびきりの熟成酒となってくれますように・・・