富士錦と同じ柚野の里で、子どもたちに実践的な自然体験を提供している「ホールアース自然学校」。その設立者の1人であり、現在は代表を務める広瀬麗子さんとは先代社長からの深い縁があるが、今回はあらためて対談という形で、自然学校を通して多くの人々に伝えたい想いを聞いた。
清:
広瀬さんは東京から柚野に移住されたとのことですが、こちらに来られたきっかけはどんなものだったのですか?
広瀬:
私は大学を出てから東京の障害児施設に勤めていて、その後カンボジアの難民キャンプに行くために退職して、NGO(国際協力に携わる非政府組織)のスタッフとして海外に行ってました。
その後帰国してなるべく暖かい静岡県内を探していた中で、たまたま大鹿窪(柚野の集落)の古い家を紹介されて。
敷地が広くてやりたいことができそうだし、富士山がきれいに見えるということで、ここに決めました。
清:
初めから自然学校をやろうという目的だったんですか?
広瀬:
最初は違いました。
ただ、生き物と一緒に暮らしたいという気持ちは昔からあったので、家畜を飼い始めたんですよ。
そのうちに、学校で子どもたちが鶏を4本足で描いていたりするのを見て、身近な動物なのに生で見たことも触ったこともない子が増えているんだなと感じて。
これは実体験が必要だなと思って、子どもたちのキャンプを始めました。
それをきっかけにして、だんだん自然体験とかいろいろやるようになって、スタッフも増えて、なんとなく今に至ると。
大ざっぱに言うと、そんな感じですね(笑)
今の場所に移転するときに(富士錦の)先代社長さんに土地探しを助けていただきました
清:
そうだったんですか。昔からご縁があったんですね。
今に至る流れの中で、大切にされていることは何ですか?
広瀬:
最初のキャンプの頃から、
魚や動物と触れ合いながら最終的には鶏をしめて子どもたちの手でさばくというところまでやっていました。
ショッキングですが、体験しないとわからない事もあります。
その体験を通して伝えたかったのは『命をいただく』ということです。
動物だけでなく、お米にも野菜にもみんな命があって、それをいただくことで自分たちは生きていけるんだということを伝えたくて。
清:
たしかにお米も命ですから、我々もお米に感謝しながら造らなければいけないと思っています。
お酒は歴史的にみても、人と人とのつながりや絆をすごく手助けしてきたと思います。
最近テレビ番組で聞いた話ですが、人生を幸せに生きるためにはどうしたら良いかというアメリカの大学の研究で、『人との良いつながり方を晩年まで維持し続けた人』は、幸せな人生を送ることができるという結果が出たそうです。
そういう意味では、お酒は人を幸せにすることに役立てるものだと私は信じています。
だから『人と人の間に富士錦を』という言葉を社員にも伝えています。
広瀬:
私もお酒は大好きですし、スタッフたちともよく飲みますよ(笑)
清さんがおっしゃる通り、お酒は人と人を結びつけてくれます。
清:
ありがとうございます。
我々は社内で米作りをしていますが、社員1人1人に米を育てる苦労を知ってもらって、一粒も無駄にしないように使うという意識を持ってほしいからです。
広瀬さんも、若い人を育てることにすごく力を入れられてますよね。
広瀬:
それは、うちの考え方やプログラムを覚えて、自分で考えて伝えてほしいというのが大きいですね。
マスターした後に海外や自分の地元に帰って始めるという人も多いですが、いちばん大事にしてほしいのは、自分たちが生きていることが、地球や生き物のお陰だという気持ちを、伝える人になってほしいということです。
実は私自身、海外にいるときにデング熱にかかって生死の境をさまよった経験があります。
向こうでは日本にいる時より人の死に接することが多く、自分が生きられていることへの感謝の気持ちは常々持っています。
清:
そういう信念とか基本的な考え方は、仕事の根幹になりますね。
そこが違ってくると、徐々に違う道に行ってしまうと思うので、私もそこは次の世代にも確実に伝えていきたいと考えています。
いろいろ新しいことにチャレンジするのは良いですが、穀類の大切な命をもらって、人の役に立つものに変えているんだということは忘れてはいけません。
そういう軸足を持っていれば、失敗しても立ち戻る場所があると思うんですよ。
きっと広瀬さんも、若い人に基本的な考え方だけ伝えて、細かいことについては彼らの視点やアイデアを大事にしているんじゃないですか。
広瀬:
おっしゃる通りです。
彼らのほうが柔軟だし、気持ちが豊かなので、逆に私が毎日いろいろ気づかされています(笑)
清:
そういう精神が何世代にも渡って受け継がれていくことが大事なんですね。
広瀬:
そう思います。
自然も生と死の繰り返しの中でつねに循環しています。
私たちの仕事でも循環ということがすごく大事で、人間が食べ残した物は、鶏や馬が食べてくれたり、その糞を畑の肥料にしたり、無駄になるものは何もありません。
お米も稲わらを含めて全部使えますよね。
だから自然学校で行っている農業も、有機無農薬で頑張ってくれています。
お酒も生き物ですよね?
清:
そうです。
微生物の助けを借りるものなので、赤ちゃんを育てるのと同じですね。
広瀬:
そういう仕事を300年続けてこられたわけですよね。
うちはまだ35年なので、まだまだですね(笑)
清:
ぜひ続けて欲しいです。
広瀬:
理想を言えば自然学校はなくなっても良いんです。
みんなが普通に自然の中に入って、自然学校に来なくても、自分が生かされていることがありがたいねと感じるような社会になれれば。
清:
たしかにそうですね。
理想というか、遠い目標に向けて、身近な目標をひとつずつクリアしていくというのは、私たちも心がけているところです。
広瀬:
私もそこは大切にしたいと思います。
清:
今日はすごく興味深いお話が聞けました。
本当にありがとうございました。
プロフィール
ホールアース自然学校 代表 広瀬 麗子 - ひろせ れいこ –
1950年 静岡県(旧)清水市生まれ。74年に日本福祉大学を卒業し、重症心身障害児施設に6年間勤務。その後、NGOの海外派遣を経て柚野に移住。82年ホールアース自然学校の前身「動物農場」の設立に参加し、2010年にホールアース自然学校代表取締役に就任。働きながら3人の子どもも育て上げた。
フィールドネームは「アンマー」で、得意分野は機織り、縫い物。